熱中症を「医療」だけの問題にしないために
「暑くない」高齢者をどう守るか――猛暑を災害として考える
今年の夏も、熱中症と思われる方への対応が増えてきました。
訪問してみると、室温がかなり高い。
けれど、ご本人に尋ねると、
「そんなに暑くないよ」
と言われることがあります。
高齢になると、若い頃に比べて暑さや喉の渇きを感じにくくなることがあります。
それだけではありません。
「冷房を入れると寒い」
「身体が冷えるほうがつらい」
という方も少なくありません。
私たちから見ると十分に暑い室内でも、ご本人にとっては「冷房をつけるほどではない」という感覚になっている。
ここに、高齢者の熱中症対策の難しさがあります。
「暑いから冷房をつける」が簡単ではない
さらに大きいのが、電気代の問題です。
「一日中エアコンをつけていたら電気代が高くなる」
そう考えて、暑くても冷房を控えている方がおられます。
もちろん、長く生活していくうえで家計を考えることは大切です。
しかし、最近の夏の暑さを見ていると、私たちは少し考え方を変える必要があるのではないかと思っています。
猛暑の日は、日常生活の延長というより、ある意味では災害下にあると考えたほうがいい。
大雨や地震のときであれば、「今日は普段通りではない」と考えます。
ところが猛暑は、空が晴れていて、家も壊れていない。
そのため、いつもの生活の延長として過ごしてしまいます。
でも身体にとっては、そうではありません。
室内にいるだけで生命に危険が及ぶほどの気温になるのであれば、それはもう「いつもの夏」ではないのだと思います。
本人だけではなく、家族にも伝える必要がある
訪問看護をしていると、熱中症対策は本人への説明だけでは難しいと感じることがあります。
本人が暑さを感じていない。
本人は冷房を嫌がる。
電気代を心配している。
そして家族も、
「本人が寒いと言うので」
「電気代もかかりますから」
と、ご本人の希望を優先してしまうことがあります。
もちろん、その気持ちも分かります。
ただ、本人が暑さを十分に感じられていない可能性がある以上、
「本人が暑くないと言っているから大丈夫」
とは限りません。
室温や湿度、食事や水分量、尿量、身体のだるさ、反応の鈍さなどを含めて、周囲が客観的に見ていく必要があります。
熱中症対策は、本人の自己管理だけに任せることが難しい問題です。
だからこそ、家族を含めた支援が必要になります。
経口補水ゼリーを持って訪問することがあります
私たちの訪問看護ステーションでは、熱中症や脱水が疑われる緊急訪問の際、経口補水液のゼリータイプを持参することがあります。
もちろん、状態によっては救急搬送や医療機関での治療が必要です。
経口補水だけですべてが解決するわけではありません。
それでも、軽度の脱水が疑われ、飲み込むことができる方では、少量ずつ口にしてもらうことがあります。
現場では、一口、二口と口にされたあと、
それまでぼんやりしていた方の反応が少し良くなったり、会話がはっきりしてきたりする場面を経験します。
そのたびに、水分と電解質が不足するということが、高齢者の身体にどれほど影響するのかを実感します。
同時に思うことがあります。
これは確かに医療です。
けれど、点滴や薬だけの話ではありません。
医療の前に「保健」がある
熱中症になってから点滴をする。
状態が悪ければ救急搬送する。
それはもちろん必要な医療です。
しかし、本当に目指したいのは、その一歩手前で防ぐことです。
部屋の温度を確認する。
冷房をどう使うか一緒に考える。
水分を取りやすい場所に置く。
何をどのくらい飲めているか確認する。
本人だけでは難しければ家族にも説明する。
電気代を心配しているのであれば、その不安も含めて話をする。
一見すると、どれも「治療」ではありません。
けれど私は、こうしたことが訪問看護ではとても重要だと思っています。
病気を治療する「医療」だけではなく、
病気にならないように生活を整える「保健」
が、その土台にある。
熱中症への対応をしていると、そのことを改めて感じます。
暮らしている場所に行くから見えること
病院では、室温は管理されています。
飲水量もある程度確認できます。
必要であれば点滴もできます。
しかし自宅ではそうはいきません。
エアコンを嫌う理由がある。
電気代を気にする事情がある。
昔からの生活習慣がある。
本人なりの価値観がある。
その中で生活しています。
だから、
「エアコンをつけてください」
「水分を取ってください」
だけでは、問題が解決しないことがあります。
なぜエアコンをつけないのか。
なぜ水分を取らないのか。
そこまで見なければ、本当の意味での熱中症対策にはならないのでしょう。
訪問看護は医療を届ける仕事です。
でも、暮らしの中に入って仕事をしている以上、医療だけを見ていても十分ではありません。
今年の暑さの中で、改めてそう感じています。
猛暑は、場合によっては「災害」です。
そして災害への備えは、具合が悪くなってから始めるものではありません。
医療の前にある生活。
その生活を守るところから、私たちの仕事は始まっているのだと思います。
