意思表示は、変わってもいい 自分の為に、みんなの為に

「もしもの時のことを、話しておきましょう」

医療や介護の現場では、ACPという言葉を耳にすることがあります。
ACPとは、これからの治療やケアについて、本人の思いや希望を、家族や支援者と一緒に考えていくことです。

けれど、私たちはこの言葉を、少しむずかしく受け止めすぎているのかもしれません。

「延命治療をどうするか」
「どこで最期を迎えたいか」
「どんな医療を望むのか」

もちろん、それも大切な意思表示です。
でも、意思表示は病気のことだけに限らなくてもいいと思うのです。

たとえば、

どんな場所で過ごしたいか。
誰にそばにいてほしいか。
好きだった音楽を流してほしいか。
お葬式はにぎやかにしてほしいか、静かに見送ってほしいか。
写真はどれを使ってほしいか。
大切な人に、どんな言葉を残したいか。

そんなことも、立派な意思表示です。

そして、その思いは変わってもかまいません。

元気な時に考えていたことと、病気になってから思うことは違うかもしれません。
家で過ごしたいと思っていたけれど、入院した方が安心だと感じることもあります。
延命は望まないと思っていたけれど、もう少し家族と過ごしたいと思うこともあります。
逆に、治療を頑張るつもりだったけれど、穏やかに過ごすことを選びたくなることもあります。

人の気持ちは、状況によって揺れます。
その揺れは、弱さではありません。
生きているからこそ、変わるのだと思います。

だから、意思表示は一度決めたら終わりではありません。
変えてもいい。
変えなくてもいい。
迷ってもいい。
言葉にならなくてもいい。

大切なのは、正しい答えを残すことではなく、
「自分はこう感じている」と誰かに伝えることです。

そして、できれば何かに書いて残してほしいと思います。

立派な文章でなくてもかまいません。
きれいな言葉でなくてもかまいません。
わがままでも、願いでも、後悔でもいいのです。

「あの時、本当はこう思っていた」
「もう一度、あの場所に行きたかった」
「この人には、ありがとうを伝えたい」
「お葬式では、この曲を流してほしい」
「家族には、あまり無理をしてほしくない」
「できるだけ家で過ごしたい」
「でも、しんどくなったら病院でもいい」

そんな言葉が残っているだけで、
まわりの人は、あなたの気持ちに近づくことができます。

理想と現実が違ってもいいのです。
思い描いた通りにいかないこともあります。
でも、その人が何を大切にしてきたのかを知っていることは、残された家族や支援者にとって、大きな道しるべになります。

「お父さんなら、こう言いそうだね」
「お母さんは、にぎやかな方が好きだったね」
「あの人は、最後まで家にこだわっていたね」
「この歌、好きだったよね」

そんなふうに、本人の思いが会話の中に残っていく。
それは、その人がいなくなった後も、確かに存在し続けるということなのだと思います。

意思表示とは、未来を決めきるためのものではありません。
自分らしさを、誰かに手渡すことです。

病気のことだけでなくてもいい。
お葬式のことでもいい。
好きな食べ物のことでもいい。
会いたい人のことでもいい。
ありがとうと伝えたい相手のことでもいい。
言えなかった後悔でもいい。
少しだけ甘えた願いでもいい。

それはすべて、あなたがここにいた証になります。

人は、言葉を残すことで、誰かの中に生き続けます。
そして、その言葉は、残された人の迷いや不安を少しだけやわらげてくれます。

だから、完璧な意思表示でなくていいのです。
変わってもいい。
変えなくてもいい。
今の気持ちを、少しだけ話してみる。
できれば、どこかに書いて残してみる。

その小さな言葉が、
あなたを大切に思う人たちにとって、
これからを支える灯りになるのだと思います。